はじめに…
当社は、1999年10月、創立30年を迎え、これまで多くの作家の先生方に素晴らしい作品を書いて頂きました。ホームページを立ち上げるにあたり、ぜひ先生方の生の声を皆様にご紹介したいということで、この“作家の横顔”を企画致しました。
シリーズ第9回は、テレビ、映画、舞台と幅広いジャンルでご活躍の作曲家、岩代太郎さんです。

第九回 岩代太郎さん プロフィール
1965年5月1日東京生まれ。
1991年、東京芸術大学音楽学部大学院修士課程首席修了。修了作品「世界のいちばん遠い土地へ」が朝日新聞・テレビ朝日主催“シルクロード管弦楽国際作曲コンクール”にて最優秀賞を受賞(指揮・井上道義&新日本フィルハーモニー)。同曲は東京芸術大学資料館に永久保管される。以後、テレビ、映画、アニメや舞台など幅広いジャンルにおいて作曲家、プロデューサーとして活躍。



[ INDEX ]
●作曲家だった父親の影響で、舞台に熱中した少年時代――――
●祖父母、両親のふるさとである『熊本県人』の骨っぽさも…
●小学生で、早くも指揮者志望!!―――周囲を驚かせる
●中学3年で『作曲家』になる一大決心を。それから猛勉強が始まる…。
●大学院修了作品の受賞とプロデビューで、二重の喜び。
●作曲家としてのこだわり―――それは『純然たる創作意欲』
●“スクリーンミュージック”と“ブラウン管ミュージック”の違いとは?
●作曲家生活10年を振り返って―――
●近況、現在の仕事について―――
●趣味の『油絵』や『料理』も、作曲と同じ感覚!?
●今後の抱負、そして夢―――



●作曲家だった父親の影響で、舞台に熱中した少年時代――――
父、岩代浩一氏は、かつて舞台やテレビ番組などで活躍していた作曲家で、たまたま日本テレビでも放送していた番組「こよい酔わせて」(三浦布美子主演)の音楽も担当していらっしゃったとか。
まずは、そんな懐かしい幼い頃の思い出からお伺いしました。
「たしか幼稚園の頃から世田谷の馬事公苑に住んでたんですが…当時、家にはそういう(芸能、音楽)関係の人が、年中出入りしていた記憶がありますね。勿論、三浦(布美子)さんなんかもよくいらっしゃっていたし、森繁(久彌)さんですとか、西村晃さんや三木のり平さんなどは子供心にとっても楽しい方々でしたね…(笑)」
お父様のお仕事の関係で、よく舞台なども観に行かれたそうですが?
「帝劇(帝国劇場)だとか、日生(劇場)だとか、よく連れて行って貰ったんですが、そういう演劇も好きでしたね。時に、森繁さんの舞台を観て、楽屋を訪ねて、興奮して帰って来て…その日は眠れずに、そのまま学校へ行ったなんて事がしょっちゅうありましたからね。(笑)ある時、森繁さんが喜劇―たしか「ナポリの王様」か何か−を日生で演られた時、とても面白く、楽屋へ行き台本を貰って来たんです。それを自分流に脚色して、学芸会でやろうと提案した事もありました。勿論、小学生の頃ですから、まともな作品にはなっていなかったでしょうが…(笑)でも、子供ってすごいと思うのは、その時観た芝居は全部覚えていて、家に帰り、貰って来た台本を読みながら、セリフ合わせなんかしていると―――“このシーンは絶対になかった!”とか、ちゃんと分かるんです。自分で言うのもなんですが、とても感受性が豊かだったし、創作意欲も人一倍強かったみたいですね。」
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●祖父母、両親のふるさとである『熊本県人』の骨っぽさも…
そもそも“岩代家”代々の出身は熊本県で、祖父は、戦前から戦後を通じて漢文・国文学を教える教育者であった。その祖父に育てられた父・浩一氏も、地元の大学を卒業後、一時は教職に就いたものの、音楽への夢をあきらめきれずに上京、独学で作曲家の道を歩まれたという経歴をお持ちです。そんな家系を引き継いだ、太郎さんご自身も、小・中学校は、自由でユニークな校風が名高い『和光学園』に学ぶ。当時の学園長は、祖父の教え子でもあり、同窓生の先輩には、同じ作曲の世界で活躍する三枝成彰さんもいらっしゃったそうです。
ところで、小さい頃から熊本へはよく遊びに行かれたそうですね?
「祖父が、熊本で校長先生をやっていたので…漢字の成り立ちを図で書いて説明したり、『孔子』や『老子』の思想をかみくだいて話してくれたり、普段の学校とはひと味違った“課外授業”みたいなものでしたね。また、そういう話がとっても楽しくて、夏休みや冬休み、春休みとなると必ず行っていました。夏休みが終わって、9月に久し振りに東京へ帰って来ると、言葉もすっかり熊本弁に染まっていたり…例えば、熊本弁の“セカラシイ”(東京弁のうるさいという意味)というのを、ボクはずっと東京の言葉だと思っていたんです。ところがある日、教室が騒がしいので『セカラシイ!』と怒鳴ったら、皆んなシーンとなった。ボクはてっきり自分が大声で怒鳴ったから、皆んなが静かになったと思ったんですが…そうではなくて、『何だ、いまの言葉は!?』って。皆んな(セカラシイの)言葉の意味が分からなかっただけだった。(笑)とにかく小学生の頃から、何でもやりたがる子供だったし、今の気質も、その頃からのものだったと思いますね。」
生涯、教育者として生きられた岩代さんの祖父の教えを、その後、お父様は一冊の本にもまとめられました。昨年3月上演された日生劇場の舞台『ありがとうサボテン先生』(音楽監督・岩代太郎)のプログラムに寄稿した文中に引用された祖父の言葉を、ここに一部抜粋してご紹介します―――
『ありがとうサボテン先生』
「祖父から父、そして息子へ」
「本は面白くなくてはならぬ。学校は楽しくなくてはならぬ。」
「学校は建物より人(教師の質)である。」
「クラブ活動は人間性の育成に大切な場であるがゆえに、授業よりも軽視してはならない。」
「PTAの連帯。教職員人事のバランス。学校マンモス化への対策。以上の三条件のいずれが不足しても学校教育は衰退する。」
「テストは教師の指導力を検証する為に必要なものであり、生徒の優劣を定める為のものであってはならない。」
「劣等感やエリート意識を与えるのは劣等教育である。」
「体罰は指導技術不足の表れである。」
「情操教育とは一口に言えば心の栄養源である。」
「衝動は才能の入り口であり、衝動を持続させられるのも才能の一部である。」
「情操教育は、感性・技術・理論の順に育まれるべきである。」
<以上、プログラムより引用>
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●小学生で、早くも指揮者志望!!―――周囲を驚かせる
小学1年生から習い始めた『油絵』では、毎年、全日本油絵コンクール(都立美術館)に出品し、入選もしくは入賞していたという岩代さん。当時、ご両親も“将来は絵描きになるのか”と思っていたそうです。ところがある日、突然“指揮者になりたい”と言い出し、父親を面喰らわせたというエピソードも残されています。
続いては、そんな少年時代に音楽と出会い、そして指揮者を志望するに至ったきっかけなどお伺いしました…。
「好きで、自発的に音楽を聴きはじめたのは小学4年生頃から。父も音楽関係の仕事をしていましたから、当時としては贅沢でしたが…自分専用のステレオを買って貰いました。色々なレコード会社からサンプル盤を送ってくるんです。主にクラシックでしたが…それをはじから聴きまくっていた。またその頃、ピアノが弾きたいと言うより、ベートーヴェンの「月光」というピアノ・ソナタを聴いて、その曲を弾きたくなったんです。父に相談したら、バイエル(=ピアノ教則本)を買って来てくれまして、『これで練習すれば弾けるようになる』って。殆んど独学で練習しました。小学校を卒業する頃には、一応バイエルの上・下巻を終了していたかな…。またその頃、指揮者になりたいと思ったんです。プロの(指揮者の)先生に習いたいと、親に訴えた事があったんですが、さすがにそれは受け入れて貰えませんでしたね…(笑)。」
そもそも指揮者になりたいと思われたきっかけは何だったのでしょう?
「父に連れられて、カラヤン(指揮)のベルリンフィルを聴きに行ったんです。台風の日、タクシーで行き、そのまま公演が終わるまでタクシーを待たせて…父には散財させてしまったんですが。でも、この公演が非常にインパクトがあった!ベートーヴェンの「田園」ですが、この曲は普段もっとゆったりとしたテンポなんですが、その時はえらく速かった。後に大学生になって、何故速かったのかの答えは理解できましたが…当時、まだ楽譜も読めなかったので、絵を見る感覚でスコアを見ていた。そんなことで、指揮者になりたいなぁ、と思ったんです。ちょうどその頃、民音で指揮者のコンクールがあって、それを受けたいと親に言ったら、指揮を専門に習った事もない小学生でしたから…両親は鼻で笑いましたね。でも書類だけは取りよせて出したんですが、勿論、書類選考で落ちました。ただ(自分としては)、そういう小学生がいるという事を、認知して欲しかったんだ、と思います。」
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●中学3年で『作曲家』になる一大決心を。それから猛勉強が始まる…。
中学2年の頃、早くも胃潰瘍や十二指腸潰瘍を患っていたにもかかわらず、当時の医師からは“ただの五月病”と誤診を受けたほど、感受性の強かった少年時代の岩代さんでしたが、『作曲家』になるという人生の一大決心をされたのは、中学3年生の夏休みだったとか。それ以来、色々な音楽の先生につき、猛勉強を始められたそうです。
ところで、勉強もさることながら、昔から映画もお好きでよく観に行かれたそうですね?
「実は、作曲家を目指したきっかけに、映画がすごく好きだったという事があります。その当時、「タワーリング・インフェルノ」とか「ジョーズ」とか、主にアメリカ映画だったんですが…映画から受けた感動が、“あっ、こういう作品を手掛ける(作曲の)仕事がしたいなぁ”という思いが原点です。どの作品を観たから、作曲家を志望したとは言えませんが、日常的な積み重ねで、とにかく映画は素晴らしいと…小さい頃から舞台とか色々観てきましたが、自分の趣味がどんどんスクリーンに引きつけられて行った、と言うことでしょうか。」
では、今まで観られた映画音楽の中で、ベスト1をつけられるとしたら?
「やはり『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』ですかね…魂が揺すぶられたようで。」
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●大学院修了作品の受賞とプロデビューで、二重の喜び。
今でも、上野公園で沈丁花が香る季節になると『芸大(の試験)に落ちた、辛い時の事を思い出すんです…』としみじみ語られた岩代さんですが、それから7年後の91年、芸大大学院の首席修了作品が“シルクロード国際コンクール”で、みごと最優秀賞を受賞。と同時に、NHKではプロとしての初仕事を手掛けるなど、二重の喜びを経験されました。
ところで、NHKでのプロデビューというのは、どの様ないきさつだったのでしょうか?
「実は、大学院生の頃から、NHKエンタープライズの仕事を、アルバイトでやらせて頂いてたんですが…(映画監督の)黒澤明さんに会いたくて、NHKの社内に“黒澤明さんを紹介して下さい!!”というビラを配ったんです。そしたら、NHKの中に黒澤さんと昵懇の方がいらっしゃって、早速ご紹介して頂きました。確か…渋谷のエスクァイアクラブか何かで、黒澤さんとステーキをごちそうになりました。(笑)それと前後して、今度は、NHK『シルクロード』の名物プロデューサーの鈴木肇さんにもご紹介頂いたのですが、とても感動しました。その時鈴木さんの話の中で、来年のNHKスペシャル“FASHION DREAM”の話題が出たんです。でも、僕はまだ学生だったし、聴いて頂く音源もない…そこで、口頭で説明しながら、実現した話なんです。結果、卒業にあたって、コンクールでも賞を頂いたし、NHKの仕事も出来た。この2つの作品については、本当に一生懸命にやりました。当時を思い出すと“これで俺は世に出るんだ!”という情熱や思いが、楽譜の中につまっている感じがしますね…。」
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●作曲家としてのこだわり―――それは『純然たる創作意欲』
『幼い頃から父の仕事を見ていて、テレビや舞台は、せっかく一生懸命に書いても、終わるとその作品が形に残らない…そんな虚しさを感じていたんです。だから僕は、ライブより、形に残るレコーディングが好きです。』とおっしゃる岩代さんですが、続いては、そんなプロの作曲家としてのこだわりについてお話し頂きました。
「作曲家によって、創作の姿勢に対する考え方は様々あると思いますが…僕の場合、仕事を待っている、人から期待される事によって自分の才能をのばしていく…すなわち“依頼された仕事”が基本姿勢だとするならば、それは一方で、頂いた仕事に流されやすくなるという危険性があると思っています。つきつめると、本来、人から頼まれたから作品を書くのではなく、“自発的な創作意欲”が、周囲からの期待感と、自分から発する期待感とイーブンな状態が一番幸せではないかと思うんです。自分が何を作りたいのか…何をこの世に残して行きたいのか…人から頼まれた訳でなく、自発的にアナウンスしていける、主張していける作家であり続けたいと願っています。ところが、そんなバランスを保ちたいと思いつつ、明らかに欠落している感覚があるんです。何かものを作りはじめると、採算を度外視してしまうという悪いクセがある。だから…作品は残るけど、金が残らない。(笑)その点、スタッフにも迷惑をかけているし、この事については、結婚する前にも反省したんですが…一週間位で、すっかり忘れてしまった。(笑)」
そういえば、岩代さんご自身のホームページのエッセイの中で、“プロフェッショナル”と“アマチュア”の違い、について、“金をもらって学ぶプロ”と“金を払って学ぶアマ”という見解を書かれていらっしゃいますが、ご自身を振り返っては?
「その様には書きましたが、僕は実践できていません。お金は貰っているし、作りたいものを作らせて頂いていますが…お金は残していない。(笑)とにかく、納得のいく作品を残したいということだけです。」
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●“スクリーンミュージック”と“ブラウン管ミュージック”の違いとは?
映画音楽を“スクリーンミュージック”とするなら、テレビドラマなどの音楽は“ブラウン管ミュージック”という言い方ができるくらい、両者の間では、その創作段階で大きな違いがあるのだそうです。
次には、そうした2種類の音楽における、具体的な『作品論』について語って頂きました。
「たとえば僕の携わったテレビドラマに関して言えば、(テレビの制作者側から)評価を頂ける曲は、いつもメロディーが長いものなんです。絶えることなく次から次へとメロディーが流れるもので、ある意味では歌の感覚に近いものだと思います。言いかえるなら、歌のメロディーというのは、頑張って5〜6分ですよ。…文学に擬えるなら、長編小説を書く場合、ある意味で俳句が書けないと文章の密度が薄まってしまう。たった一行で、すべてを言い表せるという凝縮されたものが、“5・7・5”のテンポの中にあるものなんです。その感覚に近いものがシンフォニーですね。贅肉を削り落とした…最小単位まで凝縮したものは、メロディーではなく、“モチーフ”という呼び方をします。このモチーフまで辿り着けるかが、作曲家の勝負です。この最小単位のモチーフを見つけ出せれば、30分のシンフォニーにふくらませる事は出来ますが、16小節の歌メロをどんなに広げても30分のシンフォニーに発展しない。そういう意味で言うと、映画音楽というのは、モチーフが主体なんです。この(ワンフレーズの)モチーフでつかみが出来るもの、それをいかに2時間という枠の中で繰り広げていくかが、“スクリーンミュージック”の基本なのではないかと思います。日本のテレビドラマが求めているのは、そうしたシンフォニーではなく、“アリア”のような…このワンシーンを、とにかく包んでくれ、というもので、それをワンクールの中で何曲も聴かせようという考え方が多いですよね。13回(=3ヶ月ワンクール分)の放送の中で、どれだけ音楽が鳴るかと言うことにもなりますが。昨今の流行りでは、かなり音楽を流しますから…そうすると、3ヶ月間、視聴者をあきさせない為には、一つのモチーフで、完成度を高めながら30分のシンフォニーを書くよりは、名旋律をアリアで8曲分書いて欲しい、と。それを何通りにも組合せ、3ヶ月間まわしていく方が、テレビドラマの質にあっているんですよ。同じ作曲作業をするのも“メロディー”や“モチーフ”…何を以って、初めのとっかかりにするか―――その姿勢の違いのようなものを、分かり易く、“ブラウン管ミュージック”と“スクリーンミュージック”という言い方をしたんです。同じ劇伴でも、質が違うという事が10年間弱やってきて、似て非なるものだなと…例えばテレビドラマでも、これはちょっとスクリーンっぽく作ろうかなと、モチーフありきで作ると、僕的にはすごく満足できるんですが、制作者側に余りいい評価を得られない事がある。映画の場合もまた然りで、同じようなことが言えると思いますね…。」
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●作曲家生活10年を振り返って―――
大学院修了の年、NHKスペシャル『FASHION DREAM』(91年)を皮切りに、『あぐり』(97年)、大河ドラマ『葵〜徳川三代〜』(00年)と、作曲家デビューから現在に至るまで、NHKとの関わりは非常に深くていらっしゃいますが、中でもNHKの看板番組でもある大河ドラマに対する思い入れみたいなものはございましたか?
「(大河ドラマに関しては)作曲家として、一回は担当したいなと思っていたので、ずいぶん前にも、手をあげたんですが…キャリアがなくてダメでした。2000年の『葵〜徳川三代〜』をやる前の年にも、担当のプロデューサーの所へ、アポイントなしで訪ねて行ったんです。『大河をやらせて欲しい!!』って頼んだら、ちょうどその一週間前に、ベテランの池辺晋一郎さんに決まっていたのでガッカリ…もともとNHKにはダメ元で、けっこう売り込みには行っていました。もっと若い者にやらせて欲しいという気持ちもあって。ですから、朝ドラの『あぐり』の時もそうでしたが、自分が担当させて貰った後には、若手の作家が使われる様になった。大河ドラマについても、若手の作家にやらせて欲しいという強い思いがあったので、ついに自分の所へ(依頼が)来た時は『やったー!!』という思いでしたね。そういう意味で、NHKに対しては、自分は特攻隊長としていい仕事をしたなという印象ですね。(笑)
大河ドラマの場合は、毎週45分の短編を作っている様なものですから、1本1本録音していきます…音楽の作り方は、どちらかというと映画っぽいですよね。それと映像の心理描写が、音楽に深く求められてくるので、場面に(音楽を)つけるというより、登場人物の心理描写につけるという事が『葵〜徳川三代〜』の場合は求められました。とにかく、1年間短編50本となると正直大変でしたが、やりたかった仕事でしたので頑張りましたね。」
一昨年発売された、初の本格的なオリジナル・アルバム『岩代太郎 12VOX』(ソニー)は、ロンドン、パリ、東京という3ヶ所でレコーディングされた。岩代さんが持つ多種多様なスタイルとテクニックが表現されているそうですが、このアルバムのコンセプトとなっているものは?
「この様な思考に至ったのは、大学の頃、タワーレコードなどで、ありとあらゆるジャンル(の音楽)を聴くようになってからです。それまでは、自分の好きなジャンルを中心に聴いていましたが、自己改革をして、一般の購買意欲にそったものを聴くようにした…つまり、購買動機を変えたんです。(レコード店の)サントラ盤というコーナーには、クラシックもあればジャズもポップスも色々ある。自分もその(サントラ盤の)仕事をやるについては、狭く深くではなく、広く浅く聴いてみようということで。以来、CDを買いに行ったら、まずはお店の人がすすめたものとか、ジャケットで目についたものとか、その時、話題になっているもの等をまずは優先して買っています。このアルバムでは、ヨーロッパを中心に様々な“VOX”(伊語で声の意味)の表現を試みました。」
作曲家になられた10年間を振り返って、曲作りの時に、一番大切にしていらっしゃる事は何なのでしょう?
「やはり一番は…“思い”でしょうね。自分の思いもあるし、その作品の創作にたずさわる人の思いもあるでしょうし、そういった思いを誰かと一緒に育むことにより、自分に新しい可能性を見出していきたい。何かを思って作品に挑むわけですから…その思いが、きちんと胸に宿ってくれないと、キャリアを積めば積むほど、創作活動が単なる経済活動になってしまう。
キース・ギャレットの言葉で、僕が好きな言葉に、『音楽は心あるところにあるんだ』というのがありますが…まさにその通りで、これもひとつの思いなんでしょうね。」
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●近況、現在の仕事について―――
8月には、日本テレビ主催の舞台『Wブッキング』が上演されますが、出演は西村雅彦さん、坂井真紀さん小池栄子さんの3人に、岩代さんはピアノ演奏で出演するというもの。そもそも、こういうユニークな舞台をやろうということになったきっかけは?
「西村さんと飲んでいて、ニューヨークのオフ・ブロードウェイ的な感覚で…音楽も台詞の一部なんだという話で意気投合しました。通常舞台ではレコーディングした音源を流しているんですが…役者の演技も生きているので、日々変わるし、“そういう風な台詞まわしなら、音楽もこうしたかったな”という事が当然でてきます。舞台の生きている感じを生かすには、どういう方法があるかと、音楽をやる者として考えたら、その場で合わせるしかないと…だけど、楽団だったら合わせられませんから…だったら一人でピアノを弾くしかない。企画の発想はそこだったんです。役者が、その時のアドリブをかましながら台詞を発するのと同じ感覚で、僕も皆さんの演技を見ながら…その時の感覚を、即興でピアノに落とし込んでいく、というのをやりたい。まずは自分達ありきでスタートした企画、初めての試み…どうなるかという不安もありますが、楽しみにしています。」
とりわけ、この舞台の見どころといえば?
「狙いは、これって“演劇”だったのか“コンサート”だったのかな“何”だったのかな…。カテゴライズしにくいステージで、“何て言っていいか分からないけど面白かったね!”とスパイラルホールを後にしたお客様が感じるものを作りたい。演奏者として、ソロのピアノコンサートはやりましたが、決まった楽譜がなく、作曲家がピアノを弾く面白さ…そういうピアノコンサートとしての面白さを引き出す、一つの可能性としても今回の舞台はあります。コンセプトは、ホテルのピアノバーが舞台で、どこでどんな音楽を鳴らすかを決めない。役者は役者で、もしかして自分達の芝居に対して、すごく斬新な音楽をつけてくれるかも知れない、という心境で、舞台に上がる訳です。僕からすると、実は『さぁこれからソロのピアノコンサートをやりますよ』それにあたっては、伏線になる役者3人が、まるで合いの手を打つような感じで芝居をやってくれる…ぜんぜん見方が変わると思うんです。そのバトルが面白いと思った。舞台に2時間、フルに居るのは自分だけで、7ステージやるとすれば、7通りの舞台が出来る筈です。これからが、演出家水田さんとのバトルでもありますね…(笑)。」
『Wブッキング』
期日 : 2003年8月27日(水)〜31日(日)
会場 : スパイラルホール
東京都 港区 南青山 5-6-23
地下鉄:表参道駅(銀座線・半蔵門線・千代田線B1出口)
問い合わせ : チケットスペース TEL:03-3263-6499
詳しくは日テレホームページまで→ http://www.ntv.co.jp/event/index.html

またこの度、9月発売予定のオリジナルアルバム『T's』第2弾では、ヴァイオリニストの竹澤恭子さんと初めてのコンビを組んでいらっしゃいますが、このアルバムの話題としては?
「自分なりに最高のアルバムになったし、今年のベストと言ってもいい…無条件に沢山の人に聴いて欲しいですね。
内容は、オペラの名旋律をオリジナルとして太郎流にアレンジしました。オペラの『アリア』を、弦楽オーケストラとソロ・ヴァイオリンの為の編成で、曲想もテンポもハーモニーもすべて書きなおして…ただし、旋律だけは良く聴くと“あっあれだ!”と分かる様な、一見、オリジナルのようで、実はカバーアルバムなんです。特にこのアルバムの面白いところは、女優の富田靖子さんに、シェイクスピアのソネットを朗読してもらったりもしている。
竹澤さんが今までやって来た事は、すでにあった名曲の再現芸術なんです。ところがこのアルバムでは、竹澤さんにもクリエイター(創造者)になって頂いた。クラシックのメイン・ストリートを歩いている人に、“再現だけではないんだ。創造する所から一緒にやりましょう!”と、スタッフとして参加して頂き作りあげたんです。」
ところで、映画の方のお仕事としては8月公開の『釣りバカ日誌』の音楽も担当されていらっしゃいますよね?
「この仕事は、何んとも言えない楽しい雰囲気の中で…出演者の方も知り合いが多くて、西田(敏行)さんは大河ドラマでご一緒したし、奥さん役の浅田美代子さんも家が近所とか…楽しく仕事をさせて頂いています。
この映画の場合、もう14作目になるんですが、『寅さん』の様にテーマが決まってないんですよね。音楽を聴いただけで“あっ、これだ!”とすぐ分かるようなテーマ曲がありません…スタッフの間でも、それが長い間ジレンマだったそうですが、毎回試行錯誤は繰り返していた様ですが、決まらなかった。でも僕としては、決められた色がないので“だったらやってみよう”と言う気持ちになったんです。
昨日も、『釣りバカ』のスタッフと遅くまで話し合ってたんですが、自分も音楽だけに関わるのではなく、スタッフの一人としてやっているので、それが面白くてワクワクしてますね。」
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●趣味の『油絵』や『料理』も、作曲と同じ感覚!?
ところでプライベートな話になりますが、長年の趣味として油絵を描いたり、料理を作ることもお好きだときいていますが…特に油絵に関しては、自宅に“お絵描き部屋”まで設けられたそうですね?
「独身の頃つくったものですから、今は、妻(日本テレビ・松本志のぶアナウンサー)の衣装部屋に占領されています…私のスペースはとられてしまった。(笑)
でも、そもそも絵を描いたり料理を作ったりする事は、音楽を書くことと感覚が似ているんです。例えばオーケストレーションを書く時、色々な楽器が微妙に重なりあって、何んとも言えない音色をかもし出すのが好きなんです。僕は料理も煮込み料理が好きだし、油絵も色々な色を重ねて、不思議な色を出す事が好き。3つとも、共通の思考で一貫している。だから、日本料理で言えば、包丁一本で勝負するとか、絵で言えば水墨画とか、音楽ではソロ楽器をひたすら追求するとかが苦手なんです…。
いろんな色を混ぜて、新しい色あいを求めて行くという思考が、自分の中では常に一貫しています…実際、オーケストラの作品を書いている時も、油絵を描いている時、煮込みの料理を作っている時も、自分の中での楽しみ方は、結構同じだったりする訳ですよ。」
では作曲と同じで、料理の方もご自宅でよく作られるんですか?
「この間も、妻の誕生日に『タイ・カレー』を作ってあげました。ほかにも西洋風のシチュー系やカレー系とか…ブイヤベース、スッポン雑炊など、得意なものは殆どがやはり煮込み料理ですね。」
料理の他にも、私生活で何か凝っていらっしゃるものはあるんですか?
「オールナイトですね…土曜の夜なんですが、昔からの友人達と映画をはしごするのが大好きです。ついこの前も、“チャーリーズエンジェル”など3本立て続けに観て、家に帰ったのは朝5時頃。そうしたら女房は、日曜の朝早い番組(THE・サンデー)で、出かけるところ。入れ違いで『夜遊びやめてくれない!?』なんて注意されました。(笑)」
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●今後の抱負、そして夢―――
「海外の映画関係の方々にアプローチする際、初めての所へ売り込みに行く訳ですから、いつも10年前の自分を思い出します。
先日も、一泊三日の強行軍で行って来ましたが…アメリカの監督とミーティングしていると、初めてテレビ局へ行った頃の事を思い出すんですよ。緊張感やら、何とも言えぬドキドキ、ワクワク感がある。むしろこうして“初心にもどれる俺はいいな”という新鮮な感覚ですね…。
今、韓国で大ヒットしている映画(Memories of murder)の時もそうでしたが、海外で感じるそんな新鮮な、新たなる空気感が、近い将来、何らかの形で実を結んでくれるといいなと言うのが、これからの抱負ですね…。」

芸大大学院を首席で修了したエリートであるにも拘らず、粗削りで大胆な行動派の魅力とを併せ持つ岩代さん。遠くない将来、アカデミー賞はすでに氏のターゲットに入っているのではと思われて仕方ありません…心から声援を送るとともに、今後のご活躍、大いに期待しております。
インタビュー/構成 小峰 正博
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