作家インタビュー

アーティストデビューにおける大きな出会い 

「transluv」でデビューしたレーベルは、USENが持っていたU'S MUSIC (ユーズミュージック)で、その中のゲート・レコーズでした。その社長が当時、m-floなどが所属していたアーティマージュと兼務されていた浅川さん。ニューワールドプロダクションズの社長である後藤さんが副社長でいらっしゃって、お2人と出会いました。その時は、所属アーティストである僕と社長、副社長という関係で。1枚でユニットは解散してしまいましたが、その後も食っていかないといけないわけです。そんな時に浅川さんからアーティマージュでアシスタントをやってみないか?というお話を頂いたんです。当時、アーティマージュ所属のアーティストはものすごい数がいた上、浅川さんは外部アーティストのプロデュースも多数されていました。アーティマージュにお世話になったのが、今につながる全てのきっかけでしたね。今回のインタビューのオファーを頂いた日本テレビ音楽の浦田さんとも、その当時に出会っています。

レーベルでのディレクター仕事~ソロデビュー

アーティマージュではディレクター、A&Rの仕事をずっとやっていました。もちろんギターやトラックを作りつつです。裏方なんだけど、自分の曲も作ることが出来ていたし、今思っても恵まれてましたね。お給料をもらいながら勉強にもなりました。浅川さんとの出会いと、仕事を一緒にさせて頂いたのが大きな転機でしたね。でも、その頃の本心を言うと、ジェラシーの塊(笑)。とにかく自分の音楽をやりたい一心でした。ディレクターの仕事をやっていて楽しかったけど、心のどこかでは、自分が本来、そっち(アーティスト側)にいたいというのがすごくあったんです。それで、結局、4年くらいでアーティマージュを辞めて、2008年に別の事務所からのソロデビューするわけなんです。でもアーティマージュでの4年間の中で葛藤もありましたけど、スタジオワークや対人関係、制作などの予算感、CDの流通とか、裏方の仕事をやることによって知ったというのは大きなプラスになりましたね。今、こういうスタイルで活動していることのベースになっているので。

浅川さんに声をかけて頂ける前はなかなか厳しくて、アルバイトもしていましたね。でも全くつらいとは思わなかったです。

2008年にODE MUSICというレーベルから念願のソロデビューをして、eighteen degrees.名義で2枚のアルバムを出しました。

ずっと温めていた、歌(ヴォコーダー)、トラックメイキング、MIXまで全て自分1人でプロデュースするというエレクトロポップ・プロジェクトでしたね。ちょうどこの頃、DJを覚え、プロモーションで全国のクラブをまわりました。当時出会った、DJ/クラブ業界のみなさんとは、ずっと繋がっていて、今でもゲストDJとしてパーティーに呼んで頂いたり、お酒を飲んだり、いつもお世話になっています。

ただ、もうeighteen degrees.は音楽的にやらないでしょうね。名義的にも、1人のアーティストが名義をいっぱい持つのがオシャレという時代もありましが、今は1つの方が良いと思っています。

特殊ケースとしてのアーティスト・プロデュース

僕が一番長く1人のアーティストと関わらせて頂いたのが、日本テレビ音楽の浦田さんともご一緒したRyoheiです。
彼がワーナーミュージックからAVEXへ移籍する同じタイミングでちょうど僕がアーティマージュにアシスタント・ディレクターとして入ったんです。

ほぼ家族みたいな時間の共有感が彼とはありました。ウチに来てもらって、僕がギターを弾いて、彼が仮歌を入れたりとか、ユニットみたいな作り方も良くしましたね。寝ずに朝までスタジオ作業したり、プロモーションでは僕がアコギを持って二人で一緒に全国各地をまわりました。これは本当に特別な体験でしたね。

Ryoheiとの最初の曲が、『神はサイコロを振らない』 (2006)という日本テレビ系ドラマの主題歌で、Ryohei feat.VERBAL(m-flo)の「onelove」 でした。この曲が初めて、アーティマージュのディレクターとして関わった楽曲です。

アーティスト・プロデュースで大切なことは「人」

アーティストのプロデュースというと、曲を作ってトラックを作って、あるいはアレンジして…、僕は歌詞を書かないので、トータルでいうとサウンド・プロデュースでしょうか。でも、この仕事をやっていて、印象に残ったのは、音楽業界やレコード会社の中には、えげつない人間性を持った方もいらっしゃって(苦笑)。ディレクター時代には、相手にしてくれなかった人が、僕が表に出る側になった途端に極端に態度や言葉使いが違ったりとか、手のひらを返すような人がいたり…とか。自分は絶対にそういう人にはなりたくないなと。反面教師です。

“音楽を作る事は自分を省みること”じゃないけれど、売れているアーティストの方はみんな腰が低かったですね。結局はプロデュースと言っても、音楽以外のことが大切だったりするじゃないですか? いくら曲やサウンドが良くても、やっぱり最後は人間性、人と人の関係が1番大事じゃないかと思います。

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